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東京高等裁判所 平成4年(ネ)2416号 判決

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

理由

一  当裁判所も、控訴人らに本件損害賠償請求は理由がないものとして棄却を免れないものと判断するが、その理由は、本件部活と本件事故との関係につき、以下に付加、補足するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人らは、本件事故は波崎中学校のバレー部の部活と関係があり、それ故、本件事故は学校管理下において発生した事故であると主張し、これを前提として、顧問教諭が管理を怠り部員のボート遊びといつた由々しき事態を察知することなくこれを禁止すべき注意義務を怠つたことなどを理由として部員の部活動における学校の安全配慮義務違反をも主張し、被控訴人は、本件事故は、学校の管理と関係がなく、生徒部員自らによる予測できない、いたずらな水遊び行為により生じたもので、学校の管理から離脱した状況のもとで起きたものであり学校に管理責任はない旨主張するので、この点につき、以下において検討し、若干の補足をする。

2  原判示の事実関係に《証拠略》を併わせみれば、以下の事実が認められる。

(一)  波崎中学校の男子バレー部では、昭和六二年四月の新学期に一、二年生の新規加入部員がなく、二年から進級し同部に止どまつている三年生部員が八名(そのうち一名は病気)いるだけで、将来同部の廃部の話もでていて、一、二名を除いては総じて練習に熱が入らず、機があれば怠けたいような傾向にあつた。したがつて、同部の部活も、四月以降の外練は一、二回行われた程度で、屋内の実技練習も人数が少ないため充実した実技練習ができない状況にあつた。

(二)  本件事故当時、バレー部では顧問教諭在校の場合でも課外の部活として、部員の任意の参加により実施され参加が強制されていなかつたことはもとより、顧問教諭不在の際でも、事実上はキャプテンを中心とする部員生徒の自主的決定により他の部の顧問に断つて部活動を実施することも、実施しないことも、できる状態であつた。本件事故当日はバレー部顧問の塚田教諭が研修出張で三日間不在の最終日であつたが、右出張前に同教諭から部員に対して、不在の連絡はされていたが、その間に部活を行わない旨の指示がされてはいなかつたが、その間、同部では、第一日目及び第二日目には部活を実施せず、第三日目の事故当日も同部のキャプテンから同日は部活を必ず行うとの指示、連絡がされていたわけではなかつたが、当日の午後四時一〇分ころ以降は、バレー部が体育館を使用して練習することができる日に当たつていた。

(三)  本件事故当日行われたボート遊びの勧誘と実行の開始は、まず、放課後の掃除の最中に、そのころ、それとなく遊びたい気持ちになつていた乙山からボート遊びの話が同クラスのバレー部員の甲野春夫とサッカー部員の丙川秋夫に持ち掛けられ、参加すると即答したこれらのものが、さらに他のクラスの部員である亡安藤慎一や丁原冬夫にも誘いの声をかけ、これらの誘いに応じて参加する意思を示した合計五名(うち四名がバレー部員でその他の一名はサッカー部員である。)が午後三時三〇分過ぎころに校門に集合し、それより六〇〇メートル離れた利根川へと向かつた。

(四)  昭和六二年四月以降六月中旬の本件事故に至るまでの波崎中学校の男子バレー部員(部員全員が三年生)の部活においては、外練の場合には、生徒の自主的判断に基づき顧問教諭の伴走を希望せず、部員のみによる校舎外ランニング中、顧問教諭は校門の所や教員室で待機している程度の関与の仕方であつたところ、同部員のうちには、昭和六二年四月の新学期開始後に、たまたま、放課後部活の開始までの時間や終了後の時間に、さらには外練の際に、学校で定める練習コースから外れた利根川まで行つてボート遊びをすることがあつたが、この遊びは、部活開始前か終了後ないし部活の外練の際でも、すべて同部顧問教諭が練習実施に立ち合つていないときで、同教諭に気付かれないように隠れて実行したものであつた。右遊びに加わつたバレー部員は一部の者であつて、少なくともキャプテン(戊田一郎)は一度もこれに加わつていなかつた。したがつて、当時、波崎中学校では、同部の顧問教諭はもとより他教諭間でも、利根川でのボート遊びの事実を全く察知しておらず、かつて学校内で、そのような遊びに関して話題になつたことはなかつた。

(五)  本件ボート遊びの場所は、学校から六〇〇メートル離れ、かつ、学校で決めた長短二本のランニングコースから三〇〇メートル離れた利根川の岸辺から同川中であつたところ、かつてバレー部が右利根川へランニングを実施したことはなく、外練では右二本のランニングコースを使用していたが、右ランニングコースを変更したことはなく、その他、学校が定めた海までのマラソンコースや野球部が使用している河川敷グランドを使用したこともなかつた。

(六)  本件ボート遊びとこれによる事故の態様は、次のようなものであつた。すなわち、利根川岸に綱で縛られて係留中の他人所有のボートの綱を解き、これを無断使用して、近辺にあつた竹棹で各自が手で川底に竹棹をつきながら漕ぐ方法で舟を川中へ出て水上で舟遊びをするといつた遊戯であつたが、当日は強い風が吹いており全員が手で竹棹を漕いで川中へ出たが、風で舟が五〇〇メートル程も川中央の下流へ押し流され、その際恐怖感に駆られ自制心をなくした甲野春夫が他の者が強く制止するのを振り切つて、ジャージ服着用のまま水中に飛び込み溺れそうになつたところ、これを見た泳ぎの上手な亡安藤慎一がジャージ服のまま、水中に飛び込んだが、風に逆らつて泳いで溺れ下流に流され水死するに至つた。一方、甲野春夫は自力で千葉県側の川岸に泳ぎつき助かり、舟上に残つた者も舟が岸辺にたどり着き助かつたというものであつて、前示諸々の条件が重なつて、そのような重大な事故となつた。

(七)  本件事故当日のボート遊び実行に至つた経緯は、次のとおりであつた。すなわち、当日の午後二時三〇分に授業が終了し、その後の午後二時四〇分から三時までの間「帰りの会」を終え、教室の掃除をしているときに、乙山は、なんとなく遊びたい気持ちがあつたので、同クラスのバレーボール部員の甲野春夫とサッカー部員の丙川秋夫に「川へ舟遊びに行くか」との誘いの声をかけたところ、両名とも即座に「行く」と答え、話がまとまり、右三名は、さらに、他のクラスの部員にも声をかけて参加人数を集めようと相談し、他のクラスのバレー部員の丁原冬夫と亡安藤慎一にも声をかけて誘つたところ、いずれも「行く」と即答し、いつたん教室に戻つて後始末をしてから、合計五名が校門の所へ集まり、午後三時三〇分過ぎころに校門をでて、それより六〇〇メートル離れた利根川のボート係留場所まで歩いて行つたというのであつて、右ボート遊びへの参加は、放課後の掃除の際に自然発生的に声を掛けて誘い合つての各自の意思決定に基づいて行われた。

(八)  当時、バレー部員は全員中学三年生であり、本件ボート遊びに参加したサッカー部員一名も同学年であつたから、参加者は全員が当時一四、五歳になつており、前示のような、他人の所有物を無断使用する行為が禁じられていることや、利根川での舟遊びが危険なことは、部活の際であれ、そうでないときであれ、特に、だれかれから注意されずとも、個々人が思慮、判断できうる年令に達していた。

(九)  本件事故当日、バレー部が体育館を使用できる時刻は、午後四時一〇分ころからであつたが、ボート遊び参加者が右遊びの後に学校へ戻つたとしても、練習参加には大幅に遅刻するはめになるであろうことは参加者も予測していた。そして、当日の男子バレー部員は三年生部員八名(うち一名は病気中)で、右ボート遊び参加者部員四名と病気中の部員一名を除くその余の三名の部員(キャプテンの戊田、甲田、乙田)だけでは、仮に定刻に練習開始をしても、事実上実技練習はできない可能性が強い状態にあつた。なお、当日、ボート遊びに参加しなかつた部員のうち、乙田五郎は、放課後、帰宅して飲食した後、再び登校したが体育館にはだれも来ていなかつたので川岸へ出て、本件事故の発生を知つたと述べる。もし、バレー部の部活が必ず実施されると決定され、これが部員に周知徹底され、真に部活参加の意思があつたのであれば、ボート遊びに参加しなかつた部員のうちには、掃除終了後体育館の使用開始時刻までの時間内に学校と自宅間を往復することができない部員が校内にとどまつて待機していてもよさそうであるが、当日、そのような校内待機部員がいたとの証言はない。また、甲野春夫の証言では、四月以降の男子バレー部員の状況からして、通常の部活が実施できうる状態ではなく、まして、本件事故当日、仮にボート遊びに参加した者以外の部員が体育館に集まつても、彼らだけでは実質的な練習はなにもできなかつたはずであろうと述べるのであり、その他証人とされた生徒部員は、本件事故当日の部活の実施予定につき、その予定は否定しないものの、その実際の実施可能性については消極的に述べ、この点に関しては、総じてあいまいで口ごもつた供述をしている。

(一〇)  そして、これらバレー部員生徒の各証言に同部顧問の塚田教諭の証言をも併わせみると、はたして、本件事故が当日予定された部活実施時間に至る待機時間中に起きたということになるのかどうか、部活が予定されていたとしても、そのときの状態によつては実施できることになろうが、できないことになろうが、事態に応じて従うしか仕方がないといつた程度のものであつたのではないかと推察されるのであつて、そうであれば、当日の同部バレー部の部活実施が予定されていたとしても、本件ボート遊びと右部活の実施ないしその待機との間の関連性は、仮にあつても、かなり希薄なものであるといえる。

3  以上の事実を総合すると、本件ボート遊びとこれによつて生じた本件事故は、波崎中学校における男子バレー部の部活との関係においては、場所的、時間的、行為態様等からみて、学校管理と因果関係があると認めることは難しいのであつて、このような行為は学校の管理から離脱した行為として、部顧問教諭の立会監視義務はもとより学校側の安全配慮義務が顧慮されなければならない領域外の行為であるというべきである。仮に、本件事故が学校の管理と関係がある行為といえても、元来、課外活動たる部活は生徒の自主性に任される任意参加のものであり、特に何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であつたような特段の事情がない限り、顧問教諭が個々の部活動に立会い監視する義務を負うことはないというべきところ、前示の事実関係並びに右義務の有無についての原判示の事実関係のもとでは、右の特段事情があるとは認め難い。

そうすると、いずれにせよ、本件事故につき、これあることを前提する控訴人ら主張の顧問教諭の立会監視義務違反並びに学校側の安全配慮義務違反があるということはできないといわなければならない。

二  以上によれば、控訴人らの被控訴人に対する国家賠償法一条に基づく損害賠償責任を追及する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから棄却を免れないことに帰する。

よつて、本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、九三条一項、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 伊藤瑩子 裁判官 福島節男)

《当事者》

控訴人 安藤恒美

控訴人 安藤晴子

右両名訴訟代理人弁護士 原田敬三 同 南元昭雄

被控訴人 波崎町

右代表者町長 村田康博

右訴訟代理人弁護士 八木下 巽

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